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企業の税務
2021.06.01

企業が従業員のPCR検査費用等の感染予防対策費用を負担した場合の課税上の取扱いが明らかに

企業が従業員のPCR検査費用等の感染予防対策費用を負担した場合の課税上の取扱いが明らかに

はじめに

2021年5月31日、国税庁は「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ」(注1。以下、単に「FAQ」といいます。)を更新し、新たに企業が従業員の感染予防対策費用を負担した場合、一定の条件の下で所得税非課税と取り扱うことを明らかにしました。もっとも、これを注意深く読むと、そこで示されているのは原理原則に忠実な課税関係であって必ずしも柔軟な対応が示されたとは言い難く、実務上は注意が必要です。

一方で、実はマスクや消毒液の購入費用、PCR検査費用など、今回のFAQで示された感染予防対策費用はほとんどの場合に医療費控除の対象とならず(注2)、これらの費用負担を従業員の側で税務的に取り戻すことができないことから、業務上必要な費用を給与課税なく企業が負担することのニーズは、現下の状況が長引くほどに高まるともいえます。

そこで、今回は新たに示されたFAQの内容を詳しくご説明し、企業が従業員に対して感染予防対策費用を負担する際に注意すべき点をご理解いただきたいと思います。

企業が感染予防費用を負担した場合の取扱い~総論

今回新たに追加されたのはFAQの問9-5であり、以下のような問いが設けられました。

当社では、新型コロナウイルス感染症に関する感染予防対策として、従業員が負担した次のような費用を従業員に支給する予定ですが、このような費用の支給については、従業員に対する給与として課税対象となりますか。
また、このような費用の支給は法人税の損金の額に算入できますか。
① マスク、石鹸、消毒液、消毒用ペーパー、手袋などの消耗品の購入費

② 従業員の自宅に設置する間仕切り、カーテン、椅子、机、空気清浄機などの備品の購入費
③ 感染が疑われる場合のホテル等の利用料・ホテル等までの交通費など
④ PCR検査費用、室内消毒の外部への委託費用など

この問いに対する回答のエッセンスは以下の2点に凝縮されます。

・従業員の所得税:『業務上必要』かつ『実費を負担する』場合に限って給与課税しない。
・企業の法人税:給与課税されるか否かに関わらず、原則的には損金算入される。

換言すると、企業が従業員の感染予防費用を負担することを考える場合には、次の3点に是非ご注意ください。

・従業員の側に給与課税を招かないためには、企業の側で業務上の必要性があるから費用負担することを予め明らかにしておく工夫をする。
・従業員の側に給与課税を招かないためには、感染予防費用についても通常の経費と同様に実費精算とするか、又は企業が直接支払いをする形をとる。備品の購入の場合には所有権が従業員に帰属しないことを予め明らかにしておく工夫をする。
・以上の条件を満たさない費用負担を役員に対してした場合には役員給与の損金不算入(定期同額給与非該当)の取扱いを受けることを理解しておく。

最初に挙げた「業務上の必要性があることを予め明らかにしておく工夫」とは、例えば携帯用消毒液の購入費用を企業が実費負担する場合に、ただ漫然と「携帯用消毒液の購入費用を負担する」制度とするのではなく、「感染予防の観点から通勤、オフィス勤務、昼食や取引先との会合といった各場面での携帯用消毒液の携行及び利用をメール等で従業員に指示したうえで、その購入費用を負担する」制度として建てつける、といった対応のことを指します。

以上を踏まえ、この問いに対する個別の回答を見ていきましょう。

マスク、石鹸、消毒液、消毒用ペーパー、手袋などの消耗品の購入費を負担した場合

これらの消耗品の購入費が業務のために通常必要といえる場合で、実費を精算する方法か、又は企業がこれらを購入して直接配付する方法で負担した場合には、従業員に対する給与として課税されません。但し、これらの消耗品の購入費であっても、業務外の分を負担したといえる場合、従業員本人以外の家族の分を負担したといえる場合、購入費名目で渡切で返還不要な金銭を支給した場合には、給与として課税されることになりますので留意しましょう。

従業員の自宅に設置する間仕切り、カーテン、椅子、机、空気清浄機などの備品の購入費を負担した場合

これらの備品の購入費が業務のために通常必要といえる場合で、実費を精算する方法か、又は企業がこれらを購入して直接配付する方法で負担した場合には、従業員に対する給与として課税されません。但し、購入した備品の所有権が従業員に属するといえる場合には給与課税されることになります。テレワークする従業員の人数分の空気清浄機など、すべて企業が所有しなければならないことにして後でどうしろというのだという気もしますが、実務的には、少なくとも購入時においては企業が所有して無償貸与することとして、一定期間経過後において廃棄する代わりに従業員に下げ渡す仕組みとするなどの工夫が必要になるでしょう。
業務外で使用するものについて負担した場合や返還不要な金銭を支給した場合に給与課税されるのは先ほどのケースと同様です。

感染が疑われる場合のホテル等の利用料・ホテル等までの交通費などを負担した場合

これらのホテル利用料等が業務のために通常必要といえる場合(例えば、感染が疑われる場合に職場以外で勤務することを企業が認めた場合)で、実費を精算する方法か企業の旅費規程等に基づいて支払う方法、又は企業がこれらを直接支払う方法で負担した場合には、従業員に対する給与として課税されません。ここでは旅費規程等に基づく方法であれば必ずしも実費負担でなくてもいいことが明らかにされている点が注目されます。これは、いわゆる出張旅費の定額支給の場合と同様の取扱いであると理解すればいいと考えられます。
業務外で使用するものについて負担した場合や規程等に則らずに返還不要な金銭を支給した場合に給与課税されるのは先ほどのケースと同様です。

PCR検査費用、室内消毒の外部への委託費用などを負担した場合

これらの費用が業務のために通常必要といえる場合(例えば、企業の業務命令で検査を受けた場合)で、実費を精算する方法か、又は企業がこれらを直接支払う方法で負担した場合には、従業員に対する給与として課税されません。
一方で、従業員の自己判断でした検査や消毒の費用を負担した場合には給与課税されることになってしまいます。例えば、職場で感染者が出た場合、濃厚接触者と判定されなかったとしても不安を取り除くために検査したいという従業員がいるかもしれませんが、先ほども述べた通り、従業員の側では自己判断で行うPCR検査の費用を医療費控除等で税務的に取り戻すことができませんので、そのような従業員には一定の範囲内において企業がPCR検査を指示・費用負担してあげた方が福利厚生に資する、ということもあるのかもしれません。また、返還不要な金銭を支給した場合に給与課税されるのも先ほどのケースと同様です。

おわりに

以上に見てきた通り、企業が従業員の感染予防対策費用を負担する場合には、従業員への所得税課税を避けるため、企業の責任において費用負担する範囲を意思決定して明確にしておくことが有用です。従業員が新型コロナウイルス感染症に感染することは業務の遅滞を招くなど事業活動に悪影響を及ぼすことが確実ですので、それを回避するための感染予防対策費用は税務上も広く企業の負担として認められて然るべきものですが、しかし「言葉足らず」によって不測の課税を招かないよう、「事前のひと工夫」を是非ご検討ください。

そして、実はこのような「事前のひと工夫」の有無は、税務上、福利厚生費用全般を企業が負担するに際して課税関係を分ける非常に重要な意味合いを持ちます。税理士法人峯岸秀幸会計事務所では、企業の福利厚生制度に関する税務面からのアドバイスや従業員の給与課税や福利厚生行事の交際費課税といった論点に関する税務調査対応を積極的に行っております。是非ご相談ください。

(公認会計士・税理士 峯岸 秀幸)

(注1)国税庁「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ」(令和3年5月31日更新)(2021年6月1日最終確認)
(注2)FAQ問12及び問12-1(2021年6月1日最終確認)を参照。PCR検査費用は医師の判断によるものに限り医療費控除の対象であり、そうではない自己判断で受ける検査の費用は対象外とされています。

  ***本記事のタイトルで使用している写真はAya Hirakawaさんの作品です。