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2021.10.07

役員貸付金を決算書からキレイに消す方法

役員貸付金を決算書からキレイに消す方法

はじめに

新しいお客様の決算書に役員貸付金を見つけたら、これは困ったなと思います。社長が会社から借りたお金、それを会社の側から見ると役員貸付金となるわけですが、それは計画的・意図的に作り出されたものでない限りは百害あって一利なしの存在で、やがてはそれを決算書からどう消すか、頭を悩ませることになるのが常だからです。

とはいえ、条件次第ではありますが、多額の役員貸付金であっても決算書から一遍にキレイに消す方法もないわけではありません。

今回は役員貸付金が生まれる理由からそれが企業経営にとっていいものではない理由、そしてそれを決算書から消すためのいくつかの方法について整理しておきたいと思います。

役員貸付金が増える理由

非上場の会社では、会社にはたくさんの財産があるけれど経営者個人はそんなに多く持っていない、ということが往々にして起こります。このようなことが起こりがちな理由は単純には2つあって、1つには法人税法の役員給与規制が厳しく、会社が急に好業績となってもそれに合わせて経営者個人の給与を増やすことが難しいこと。もう1つには、日本の所得税率は給与所得などのいわゆる勤労所得については増えれば増えるほど高くなり、一定程度の金額以上の給与を取ることを経営者が「馬鹿らしく」感じてしまうこと、でしょう。退職所得にかかる実効税率は給与所得に係るそれよりもかなり低いので、いま高い所得税率で給与を取るぐらいなら将来退職金として取った方が「得」であることも「馬鹿らしさ」に拍車をかけています。

さて、そういう経営者に平素の給与以上の、あるいは急で多額な資金需要が生じると、会社からお金を引き出してそれに充てざるを得ないことになります。そうやって役員貸付金は生まれることになります。

私の経験上、役員貸付金が生まれる契機は大まかには3通りです。1つ目は、会社の費用として計上するわけにはいかないが事実上は経営のために必要な出費があり、これを経営者が自腹で負担すること。2つ目は、会社の資本関係を整理するために経営者自身以外の株主から株式を買い取るための資金が必要になること。そして3つ目は、経営者が個人の財産と会社の財産の境界を理解できていなくてプライベートな支出を会社の財産からしてしまうこと。

1つ目と2つ目の理由で増える役員貸付金は会社存続のための必要な出費をした結果なのですが、後述するとおり、それらは経営者個人の財布からせよというのが日本社会の態度です。経営者は虚しい生き物だ、悲しい生き物だ。と、思いたくもなります。

役員貸付金が決算書にあってはならない理由

このように生まれた役員貸付金、会社にとって放置していいものではありません。その理由は大きくは2つです。

1つ目は、金融機関との取引や株式上場の障害になるということです。金融機関が融資するかどうかの判断をするとき、その会社の決算書に役員貸付金が載っていれば、それは上述した役員貸付金が生まれる3つ目の理由で生まれた可能性を疑うことになります。この会社の経営者はせっかく貸したお金を自分のプライベートな支出に使い込む人かもしれないと考えますから、自然、取引には慎重になるというわけで、実際、役員貸付金があるから融資を断られるというのはよくあることです。

2つ目は、課税上、役員に無利息でお金を貸すことが認められていないので利息の授受が必要だ、ということです。会社の事業継続のためにやむを得ず生じた役員貸付金であったとしても、会社は経営者からそれに係る利息を取らなければなりません(注)。経営者はお金がないので会社から貸付を受けているなのに、その利払いのために自分の給与を増やして所得税を払う、会社は受け取った利息を収益計上して法人税を払うということをしなければならなくなります。どう考えても無益な税負担です。

役員貸付金を決算書から消す方法

以上のような弊害を避けるためには役員貸付金はなるべく早期に決算書から消さなければならないわけですが、これがなかなかの難事業。まずは、工夫なしの正面突破戦法を3つご紹介しましょう。

1つ目:経営者が給料を増やして借りたお金を返済する

まずは経営者が自身の役員給与を増やして、その増分から月々返済していく方法です。何のひねりもない方法ですが、特に私費によって増えてしまった役員貸付金ならこの方法で消していくのが正攻法だと思われます。ただ、この方法では役員貸付金が消えるまでい長い時間がかかってしまい、今金融機関から融資を受けたい、という場合では問題解決策となりません。

2つ目:経営者が個人財産を会社に売ってその代金で返済する

次に、経営者が自宅の土地建物などの個人財産を会社に売って、その代金で返済する方法です。オーナー経営者にとっては個人名義の財産を会社に移したところで広い意味で自分のものであることに変わりがありませんし、一回で多額の役員貸付金を返済することができるので、この方法は経営者個人に応分の財産がある場合には有力な選択肢になります。もっとも、不動産などを会社に移転するにあたり、経営者個人に譲渡所得に係る所得税が生じたり、不動産取引に当たってかかってしまう各種税負担や登記費用などが生じる点には注意が必要です。

3つ目:会社が役員貸付金について債権放棄する

最後に、会社が役員貸付金について債権放棄することで債権を消滅させてしまう方法があります。もっともこれはあまりお勧めできません。というのも、ここでの会社にとっての債権消滅損、経営者にとっての債務免除益は、税務上は給与と扱われるからです。会社の側ではボーナスと同一視されて損金不算入となって法人税負担が生じ、経営者の側では給与所得課税が生じてしまい、多くの場合、うまい方法ではないでしょう。

役員貸付金を消すための有効な解決策は?~いわゆる役員貸付金精算スキームの検討

第4の方法として、いわゆる役員貸付金精算スキームをご紹介しておきます。この方法の概要はこうです。

① A株式会社がファイナンス会社に役員貸付金債権を譲渡し、ファイナンス会社はA株式会社にその譲渡代金を支払う。
② ファイナンス会社は経営者の債務履行を担保するため、A株式会社に担保差し入れを求め、A株式会社がこれに応じる。担保に差し入れられる財産としては国債や不動産、生命保険などがあり、もしA株式会社にその種の財産の持ち合わせがなければ、A株式会社は、その受け取った債権の譲渡代金で経営者を被保険者にする生命保険に加入して担保に供する。
③ 経営者はファイナンス会社に対して、10年~20年の期間で返済していく。

この方法の優れている点は2つあり、まず、①②が完了した段階で、会社の決算書上の役員貸付金が保険積立金に変わること。これで金融機関との取引の障害がなくなります。次に、経営者がファイナンス会社に完済したあとは、②で加入した保険は会社のものとなり、会社の財産として残ること。すなわち、本スキーム実行のコストとは③の返済に乗せられている金利のみであるということなのであり、元本部分については経営者が退任する際の退職金の原資などに充てられることになります。

もっとも、本スキームの実行には何よりファイナンス会社の与信に耐えられる会社であることが必要で、本業で赤字が続いているというような会社では実行が難しい場合もあるでしょう。

このスキーム自体は割と古くから存在するのですが、もっとも有名な供給元であった某大手総合リース会社系の会社が扱わなくなってからというもの、一時下火になっていたのではないかと思われます。しかし本記事の公開日現在、誰でも知っているような超大企業系のファイナンス会社が本スキームを扱っており、条件が合えば実行可能です。

税理士法人峯岸秀幸会計事務所では、役員貸付金の消去に関するご相談を承っております。顧問契約を前提としないご相談のみの対応も可能ですので、お気軽にご連絡ください。

(公認会計士・税理士 峯岸 秀幸)

(注)課税関係の詳細は国税庁ウェブサイト「タックスアンサーNo.2606 金銭を貸し付けたとき」(2021年10月7日最終確認)をご参照ください。

 ***本記事のタイトルで使用している写真はAya Hirakawaさんの作品です。