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2022.02.02

免税事業者との取引上の注意点~インボイス制度と下請法等の関係

免税事業者との取引上の注意点~インボイス制度と下請法等の関係

はじめに

既にご案内のとおり、来年10月1日から消費税のインボイス制度が始まり、一定の経過措置(注)があるものの、原則として、免税事業者からの仕入れに係る消費税の仕入税額控除が認められなくなります。

現在のところ、免税事業者であっても取引先に対しての請求に際して消費税相当額を加算しているのが通常ですので、課税事業者であれば納めなければならないはずの消費税相当額だけ免税事業者の手取りが多くなります。一方で、仕入側は免税事業者からの仕入れであっても仕入税額控除を適用して消費税の納税額を減らしますから、結局、この免税事業者の手取りの増分は、本来国が収受すべき税収であったことになります。このように本来納税されて国民全体のために使われるべき消費税相当額が免税事業者個人の利益として残ってしまう現象は、しばしば「免税事業者の益税問題」と呼ばれ、賛否両論がありました。

とはいえ、多くの免税事業者はこの益税部分を単なる貰い得とは考えておらず、正常な利益の一部と考え、それで生計を立てているのが実態ですから、急に取り上げるといわれても困ってしまうでしょう。

さて、そこにきてインボイス制度の開始です。課税事業者である発注元としては、仕入先の免税事業者に仕入税額控除できなくなる分だけ取引価格を下げてもらわないと、これまで控除できていた消費税相当額だけ原価が増えてしまいます。だから当然、インボイス制度の開始後は、免税事業者のままでいるなら値下げしてもらう、あるいは課税事業者になってもらうことを仕入先に求めることになるでしょう。一方で、そのことが仕入先の事業継続を困難にしてしまうかもしれないという、なかなか難しい問題がここにあります。

この問題については国も十分認識しており、先日、以下のようなQ&Aが公表されました。

財務省・公正取引委員会他「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(2022年1月19日)(2022年2月2日最終確認)

本Q&Aでは、発注元が仕入先に取引条件の見直し等を交渉する際に独占禁止法や下請法、建設業法上問題となり得る場合が解説されています。今回はその内容を概観して、インボイス制度の開始を契機に仕入先との間で取引条件を見直す際の注意点を確認しておきたいと思います。

本Q&Aの概要

本Q&AのQ7では、最初に「事業者がどのような条件で取引するかについては、基本的に、取引当事者間の自主的な判断に委ねられるもの」と述べて、契約自由の原則を確認しています。インボイス制度の開始に伴って取引条件の見直しを協議するということ自体は自由に行い得るのだということをまず確認しておきましょう。

そのうえで、自己の取引上の地位が相手方に優越している発注元が、仕入先に対し、その地位を利用して不当に不利益を与えることは「優越的地位の濫用」に当たり独占禁止法上問題になる、と明らかにしています。取引条件の見直しを協議する際にはこの「優越的地位の濫用」に当たらないように注意する必要があるということです。そして本Q&Aは、それに当たる可能性がある場合として、以下のようなケースを例示しています。

例① 取引対価の引下げ

まず、取引対価の引下げの局面で「優越的地位の濫用」に当たる可能性がある場合について以下のように述べられています。

・発注元側の都合のみで著しく低い価格を設定し、免税事業者である仕入先が負担していた消費税額も払えないような価格を設定した場合であって、仕入先が今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合

・発注元側の要請に応じて仕入先が免税事業者から課税事業者となった場合、仕入先が納税義務を負うこととなる消費税分を勘案した取引価格の交渉が形式的なものにすぎず、著しく低い取引価格を設定した場合

・(下請法の適用がある場合)発注元側が免税事業者である仕入先に対して、仕入先が免税事業者であることを理由に、発注時に定めた下請代金の額を減じた場合

・(下請法の適用がある場合)発注元側が免税事業者である仕入先に対して、通常支払われる対価に比べて、仕入先が負担していた消費税額も払えないような下請代金など、著しく低い下請代金の額を不当に定めた場合

結局、本Q&Aを読む限り、発注元側において仕入税額控除が適用できなくなり負担が増える分丸々の価格改定をそのまま要請することには慎重を期した方がよさそうな印象です。

一方で、取引価格の再交渉において、仕入税額控除が制限される分について、免税事業者である仕入先の仕入れや諸経費の支払いに係る消費税の負担をも考慮した上で(考慮する際には前述の経過措置の存在に留意)、双方納得の上で取引価格を設定すれば問題となるものではない、としています。

例② 商品・役務の成果物の受領拒否、返品

次に、商品等の受領拒否・返品の局面で「優越的地位の濫用」に当たる可能性がある場合について以下のように述べられています。

・仕入先が免税事業者であることを理由に、商品の受領を拒否する場合

・どのような条件で返品するかについて仕入先との間で明確になっておらず、仕入先にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる場合、その他正当な理由がないのに、仕入先から受領した商品を返品する場合

・(下請法の適用がある場合)発注元側が免税事業者である仕入先に対して、仕入先が免税事業者であることを理由に、給付の受領を拒む場合又は仕入先に給付に係る物を引き取らせる場合

例③ 協賛金等負担の要請・購入等の強制

そして、前述の各場合のほか、インボイス制度の開始に合わせて、取引価格を据置く代わりに仕入先に協賛金等の名目の金銭の負担を要請する場合や、仕入先の希望しない商品・役務の購入を要請する場合には、それぞれ、「優越的地位の濫用」に当たる可能性があると述べられています。

例④ 取引の停止

最後に、発注元側が、インボイス制度の実施を契機として、免税事業者である仕入先に対して、一方的に、仕入先が負担していた消費税額も払えないような価格など著しく低い取引価格を設定し、不当に不利益を与えることとなる場合であって、これに応じない仕入先との取引を停止した場合には、「独占禁止法上問題となるおそれ」があると述べられています。

もっとも、その前段において「事業者がどの事業者と取引するかは基本的に自由です」とも述べられており、実際には、免税事業者である仕入先と契約条件の改定交渉をしたが折り合わず、最終的に取引停止に至る事案も今後多く発生するのではないかと予測する向きも多くあります。

インボイス制度の開始を契機にして仕入先と取引条件を協議する場合には、以上のような点にくれぐれもご注意ください。なお、以上に述べたような契約条件交渉にまつわる法的なリスクが万が一顕在化した場合には、単なる金額的影響のみならず、仕入先の喪失や風評被害など、自社の経営自体に与える影響が大きく、しかも多岐にわたります。したがって、もしご懸念があれば、是非、弁護士の先生にご相談のうえで取り組まれることをお勧めします。

むすびに代えて~仕入先のステータスの確認が必要

なお、取引条件に関する協議の前提として、取引先が課税事業者であるのか免税事業者であるのか、免税事業者であるならば課税事業者になる予定があるのか、確認しなければならないことはいうまでもありません。既に適格請求書発行事業者への登録を完了している事業者は、国税庁が運営する「適格請求書発行事業者公表サイト」(2022年2月2日最終確認)でその商号等を確認することもできます。こちらに登録がある事業者は、少なくともインボイス制度の開始後において課税事業者であることが確実ですので、有効に活用したいところです。

税理士法人峯岸秀幸会計事務所では、インボイス制度に関する税務相談やこれに関連する内部統制の整備などに関するご相談、セミナーのご依頼などを承っております。是非お気軽にご連絡ください。

(公認会計士・税理士 峯岸 秀幸)

(注)詳細は日本税理士会連合会ウェブサイト(2022年2月2日最終確認)を参照。

  ***本記事のタイトルで使用している写真はAya Hirakawaさんの作品です。