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2022.05.06

不動産の相続税評価と資産選択~令和4年4月19日の最高裁判決について考える

不動産の相続税評価と資産選択~令和4年4月19日の最高裁判決について考える

はじめに~不動産の相続税評価と資産選択の関係

不動産の相続税評価額は国税庁が公表している財産評価基本通達の定めに従って路線価や固定資産税評価額を基に計算され、その額がしばしば、実勢価格と大幅に乖離する事実は広く知られています。そのような事実は例えば、先祖代々の地主として生まれた相続人が負担する相続税が、一代で企業人として成功して金融商品や現預金を中心とする財を成した人の相続人が負担する相続税よりも遥かに低い金額になるという不公平を招くことになります。いや、これは私のような一庶民が不公平だと感じているだけで、制度がこれを不公平であるとする建前をとっているわけではありませんが、とにかく、地価が値上がりを続ける昨今、不動産の相続税評価額が他の資産よりも低く評価されるという特徴はこれまで以上に際立っています。

このような状況は、資産家の資産選択の意思決定に影響を及ぼすはずです。例えば、1億円の預金を投資信託に変えたら年率3%の利回りが10年もらえ、その後に投資信託に投資した1億円がそのまま相続税評価額となり、1億円に対して税率30%の相続税が課されるとしましょう。これに対して、1億円の不動産に変えたら同じ年率3%の利回りが10年間もらえるのは同じだったとして、その後に不動産に投資した1億円の相続税評価額が2千万円に減ったうえで税率15%の相続税が課されるとします。前者の場合、課される相続税が3千万円であるのに対して、後者の場合は3百万円。すると、差額の2千7百万円だけ不動産の10年間の投資利回りが投資信託のそれよりも上回るわけなので、合理的経済人であれば投資先として投資信託よりも不動産を選択するはずだ、というわけです。

以上はごく単純な例で、本来、不動産にどの程度の節税効果があるかは将来の相続発生(自分が死んだ)時点での路線価や相続税制がどうなっているかに依存しますので不確実なものではありますが、しかし一実務家としては、実際、不動産が有する相続税の節税効果は資産家の投資行動に少なからず影響していると思います。しかもその原因を作っているのは、そのような帰結を招くルールを作り公表している、ほかならぬ国です。

しかるに、財産評価基本通達には、ある意味では合理的な投資行動をしたに過ぎない資産家に対する不意打ちの課税につながりかねない規定が存在します。俗にいう『通達6項』です。

伝家の宝刀と呼ばれる通達6項

相続税は、相続や遺贈で財産を取得した人に、その財産の価額を課税価格として課される税金です。相続税法第22条は、ここでいう財産の価額は取得時の時価であるとしており、この時価の評価方法を定めるものとして、国税庁長官が各国税局長等に宛てて発した通達が財産評価基本通達です。通達とはいわば、上司から部下への命令ですから、現場の税務署員は相続税の課税価格の計算をこの通達通りに行わなければなりません。一方で、通達は法令ではない以上納税者を拘束するものではないのですが、結局のところ課税実務が通達に沿って行われることから、事実上、納税者やその代理人である税理士が申告書を作る際の指針になっています。

この通達は、宅地の評価方式は路線価方式または倍率方式によるべきこと、建物の評価は固定資産税評価額によるべきことを、それぞれ定めています。路線価とは、国税庁が全国の土地について付した価格のことで、おおよそ実勢価格の8割程度になるように定められているはずなのですが、しばしば2割を超えて大きく乖離します。

以上のような原則に対して、その例外を定めているのが次の通達6項です。

「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」

ある不動産について、路線価や固定資産税評価額で評価することが「著しく不適当と認められる」のであれば、上司である国税庁長官の指示を受けることを条件に、現場の調査官は通達が定める以外の方法で評価してもいい、ということです。

さて、問題はここでいう「著しく不適当と認められる」場合とは具体的にどんな場合なんだ、ということです。ここが明らかでない限り、通達のいう通りに作っただけの申告書を提出してみたら否認されて加算税まで余計に課された、ということがあり得ることになります。これが先に述べた「不意打ちの課税」の意味内容です。

一方で、このような不意打ちを可能にする通達6項は、課税する側からすればボクシングの試合中に一方的にハイキックを繰り出すことを許してくれるような規定で、まさしく奥の手。ゆえに「伝家の宝刀」などと比喩されることがあります。

通達6項による課税処分を認めた最高裁判決

表題の令和4年4月19日の最高裁判決(裁判所ウェブサイト参照)は、ある資産家の相続税について、通達6項により通達が定める方法による評価額(通達評価額)ではなく不動産鑑定評価額を採用して行った課税処分を認めました。本事案の大雑把な事実関係は以下のとおりです。

〇90歳の資産家が2件の収益不動産を14億円で買ったが、そのうち10億円を銀行からの借入で賄った。この借入に係る銀行の貸出稟議書には「相続対策」「相続税対策」のための不動産購入である旨が記されていた。
〇その資産家は94歳で亡くなり、その相続人は2件の不動産のうちの1件を相続税の申告期限よりも前に5億円で売却した。
〇2件の不動産の通達評価額は2億円と計算され、その結果、資産家の相続税の課税価格は2千万円と計算されたが、2件の不動産の購入とこれに伴う借入がなければ6億円であるはずだった。
〇所轄税務署長は、2件の不動産について不動産鑑定評価額13億円を前提とする課税処分を行い、その結果、課税価格9億円、相続税額2.5億円となった。

本事案ではまず、14億円で買った不動産の通達評価額が2億円であったことに驚かれる方も多いのではないのでしょうか。しかし実際のところ、これぐらいの乖離はそう珍しいことではありません。価値の高い高額物件に投資できる資産規模の人ほど高い相続税の節税効果を享受できる現実がここにあります。

さて、最高裁は、以上の課税処分を適法なものとして認めましたが、そのロジックは以下のとおりです。

〇2件の不動産の購入と借入は、「近い将来発生することが予想される」資産家からの相続において相続人の「相続税の負担を減じまたは免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて企画して実行した」ものである。
〇通達評価額を上回る価額を採用した課税処分でも、その価額が時価を上回らなければそれ自体は適法である。
〇但し、特定の者に対してのみそのような課税処分を行うのは、通達による「画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」がなければ(注[2022/5/6 16:45追記])、租税平等原則に違反して違法である。
〇2件の不動産の通達評価額と鑑定評価額には大きな乖離があるが、そのことを持って上記事情があるとはいえない。
〇しかし、2件の不動産の購入と借入の実行により相続人の相続税の負担は著しく軽減されることになるし、また、この購入と借入は租税負担の軽減を意図しておこなったものである。そうすると、2件の不動産について通達による画一的な評価を行うことは、このような行為をせず、またはすることができない他の納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるから、課税処分は租税平等原則に反せず、適法である。

以上について差し当たり実務的に注目される点は、おそらく、不動産の購入と借入の実行が「近い将来発生することが予想される」相続について行われたものである、そして、相続税を軽減するものであることを知り・それを期待して=相続税負担の軽減を意図して行われたものである、と認定されたことでしょう。

ごく平たくいえば、『そろそろ死にそうな人が相続税対策の目的で借入を起こして不動産を買った』というような場合には通達評価額を上回る評価額で行われる課税処分は適法である、ということです。

本判決により、通達6項による課税処分が肯定される場合の理屈が一定程度明らかになったという評価も有り得るでしょう。実務的にも、相続税対策は早いうちから時間をかけて行いましょうというような教訓は引き出せるかもしれません。しかし。

おわりに〜気になる通達6項の具体的な適用基準

本判決で通達6項による課税処分が肯定され得る具体的な条件が明らかになり、実務的な予見可能性が担保されたと考える実務家はあまりいないのではないかと思われます。予見可能性が担保されたといえないというのは、要するに、本判決が出された後も『不意打ちハイキック』の危険を背負いながら申告書を出さなければならない状況に変わりがないということです。

というのも、本判決では、そもそも相続税の軽減効果が生じる根本的な原因である通達評価額と実勢価格の乖離自体は課税処分を適法と認める事情にならない、とされ、意図的な相続税対策だったのかどうかという点がより焦点化されてしまいました。しかし、この事案で資産家がしたことはそう特殊なことではなく、本人がかなりの高齢だったことを除けば、ただ借入をして不動産を買っただけです。不動産を買うのに借入をするのは昨今の超低金利状況からすれば至極合理的なことですし、他の資産を持つよりも不動産を持つ方が相続税負担が低く済んでしまうのは国が定めたルールに基づけば当たり前に生じる結果なのですから、合理的経済人が複数の投資案を検討する際には当然考慮すべき要素になります。そういう意思決定まで「租税負担の軽減を意図して」行ったと判断されるべきなのかどうか。

このように考えると、今後、通達6項がどのように取り扱われるのかについて、個人的には懸念を覚えます。本判決を受け、課税当局が本規定をどのように運用するのか、しばらくは注目しなければならないようです。

税理士法人峯岸パートナーズ新宿オフィスでは、資産の組み換えに関する税務的な助言や相続税対策に関するセカンドオピニオンのご依頼をお受けしております。是非お気軽にご相談ください。

(公認会計士・税理士 峯岸 秀幸)

  ***本記事のタイトルで使用している写真はAya Hirakawaさんの作品です。

2022/5/6 16:45追記
(注)正確には、判決文では、
・通達評価を上回る価額を採用した課税処分は、その価額が客観的な交換価値(時価)を上回らないとしても、『合理的な理由がない限り』、租税平等原則に違反して違法である。
・通達による画一的評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合は、『合理的な理由があると認められる』ので、租税平等原則には違反しない。
という旨が述べられています。すなわち、租税負担の公平に反するというべき事情の存在は合理的な理由の1類型であり、この他にも、合理的な理由があると認められる場合はあり得ると解するべきと考えられます。この点の記載が不正確である旨のご指摘をいただきましたので、この注書きを追加させていただきました。ご指摘に感謝申し上げます。