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2022.11.20

副業・複業の所得税~事業所得と通達改正

副業・複業の所得税~事業所得と通達改正

はじめに~異例の経過をたどった改正通達

先立つ2022年10月7日、事業所得と雑所得の区分に関する改正所得税基本通達が公表されました。具体的には、業務に係る雑所得を例示する35-2が以下のように改正されました(注)。

35-2 次に掲げるような所得は、事業所得又は山林所得と認められるものを除き、業務に係る雑所得に該当する。

(1)~(8) 略
(注)事業所得と認められるかどうかは、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定する。
 なお、その所得に係る取引を記録した帳簿書類の保存がない場合(その所得に係る収入金額が 300 万円を超え、かつ、事業所得と認められる事実がある場合を除く。)には、業務に係る雑所得(…中略…)に該当することに留意する。

この改正通達はそもそも、副業や複業に係る所得についての所得区分の判定が難しいという課題に対処するため、業務に係る雑所得の範囲を明確化することを目的としてなされたものです。

副業といえど”業”なのですから、所得区分としては事業所得と雑所得の双方が有り得ることになります。しかし、事業所得であればそこから生じた損失は他の所得と通算(相殺)できる一方で、雑所得では通算が認められないという点が異なります。かくして、本来はおよそ事業所得とはいえない副業から生じた損失を事業所得から生じた損失として、本業の勤め先から得た給与所得と相殺して所得税を”節約”するという、悪質といわざるを得ないような申告が横行していたのではないかと思われるのです。この改正通達は、そのような問題に対処するため、あえていえば、そういう”悪意ある”申告を封じるという目的をもって示されたものだろうと容易に想像できます。

この改正についてのパブリックコメントの募集が8月1日に開始し、その際に示された改正案では、事業所得と業務に係る雑所得の判定について、「その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判断する」としつつ、①その所得がその者の主たる所得でなく、かつ、②その所得に係る収入金額が300万円を超えない場合には、特に反証がない限り、業務に係る雑所得と取り扱うこととしていました。

しかしその後、7000件超という膨大な意見が寄せられたことを受け、①主たる所得基準と②収入300万円基準という2つの基準が事実上断念され、新たに帳簿書類保存基準ともいえる基準が設けられるという異例の経過をたどりました。この改正通達は、多くの専門家に驚きをもって迎えられたといっていいと思います。

もっとも、この改正通達をもって、「帳簿をつけていれば事業所得になる」という主旨の報道を見かけますが、それは誤解であるといわざるを得ません。今回は、この改正通達に若干の解説を試みるとともに、本改正通達が適用される令和4年分の所得税申告の注意点を述べたいと思います。

そもそも、事業所得とは

事業所得にあたるかどうかということは、以上のような損益通算の可否の問題の他にも色々な課税関係に影響が有り得ることから、問題になることの多い、我々税務の専門家にとっては頻出といってもいい論点です。すなわち、専門家と課税庁の間で膨大な議論がなされ、そして国税不服審判所や裁判所でも数多くの判断が下されてきた問題なのです。そういう歴史的経緯において、少なくとも従来は、事業所得にあたるかどうか、以下のような基準で判断されていました。

事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得(最判二小昭和56年4月24日民集35巻3号672頁参照)

以上のような諸事情を総合的に考慮して、事業所得かどうかを判定するというのが判例の態度であり、実務だったのです。それと改正通達が示した帳簿保存基準の間には、隔たりがあるとお感じにならないでしょうか。この点についてこそ、改正通達は注意深く読まなければなりません。

改正通達で規定された『要件』

改正通達では、最初に「事業所得と認められるかどうかは、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定する」と述べて、課税実務が今後も従来の判断基準に拠ることをまず明らかにしています。

その上で、「その所得に係る取引を記録した帳簿書類の保存がない場合(その所得に係る収入金額が 300 万円を超え、かつ、事業所得と認められる事実がある場合を除く。)」には雑所得に該当すると判断する旨が述べられています。ここで「帳簿書類の保存がない場合」に雑所得と判断するとする基準、すなわち帳簿書類保存基準を持ち出した理由を、国税庁は「雑所得の範囲の取扱いに関する所得税基本通達の解説」で、帳簿をつけている場合には先に述べたような営利性や継続性といった事業所得の該当性の判断において考慮されるべき要素を備えている場合が多いからだ、としています。

こう読むと、改正通達は完全に従来からの判断基準の範疇に収まっているものだという印象を受けないでしょうか。しかし、帳簿書類保存基準については、一抹の不安を覚えます。同じ「解説」の中に次のような一文があるからです。

他方で、その所得に係る取引を帳簿に記録していない場合や記録していても保存していない場合には、一般的に、営利性、継続性、企画遂行性を有しているとは認め難く、また、事業所得者に義務付けられた記帳や帳簿書類の保存が行われていない点を考慮すると、社会通念での判定において、原則として、事業所得に区分されないものと考えられます。

帳簿の記録の有無やその保存の有無が、事業の営利性や継続性、企画遂行性とどのように関わっているというのでしょうか。帳簿書類を保存していないと常識的に考えて事業ではない、という主旨のことがいわれていますが、これは果たして皆さんの常識と一致しているでしょうか?帳簿や書類を保存していなくても事業を営んでいる人はいるだろうと、お感じにならないでしょうか。私には、いささか論理が飛躍しているように思われます。

この一文に続いて「ただし、その所得を得るための活動が、収入金額 300 万円を超えるような規模で行っている場合には、帳簿書類の保存がない事実のみで、所得区分を判定せず、事業所得と認められる事実がある場合には、事業所得と取り扱うこととしています」と述べられていることから、先のくだりの射程は収入300万円以下の場合に限られると思ってよさそうであるものの、帳簿書類の保存・不保存という、従来の事業所得の判断基準において決定的に考慮されていたとは言い難い要素が、課税実務上、所得区分を決定することになってしまいました。

収入300万円程度の事業者には税理士を使う金銭的な余裕がないかもしれません。そういう納税者がこの一文を見てどう思うか。この帳簿書類保存基準が課税要件のように機能してしまうだろうことに懸念を覚えます。

なお、「帳簿書類」とされている点にも注意しましょう。ここには帳簿のみならず、領収書や請求書といった書類も含まれています。帳簿をつけたからといってそういった書類を捨てていいわけではありません。

おわりに~副業や複業をする人は記帳が必須

いずれにしても、この改正通達は令和4年分の所得税の確定申告から適用されますので、副業や複業から得た所得を事業所得として申告することを予定されている方にとっては、帳簿をつけ、領収書等の書類を漏れなく保存することが必須になることを再度確認しておきましょう。

もっとも、帳簿書類を保存すれば必ず事業所得と判断されるのだというのは誤った理解です。先の「解説」において、帳簿書類を保存している場合であっても以下のような場合には事業所得に該当しないと判断される可能性が示唆されています。

・その所得が僅少である場合(3年程度にわたってその所得に係る収入が300万円以下で、主たる収入に対する割合が10%以下である場合)
・その所得を得る活動に営利性が認められない場合(3年程度赤字が続いていて、かつ、赤字を解消するための取組が認められない場合)

すなわち、副業の収入が3年経っても立ち上がってこない場合、あるいは、事業とは名ばかりで赤字が続き趣味の範囲を出ないような場合には事業性を否定する、ということで、これは意図的に赤字を創出して損益通算する申告に対する牽制球であるとも解することができます。もっとも、このような場合には、従前からの判断基準によっても事業性は認められ難かったと思われます。そういう申告を行うことに対する廉恥心を持ちたいものです。

税理士法人峯岸秀幸会計事務所では、個人の確定申告の御相談を広く承っています。お気軽にお寄せください。

(公認会計士・税理士 峯岸 秀幸)

(注)正確には(7)も改正されていますが、本稿では詳述を避けます。

***本記事のタイトルで使用している写真はAya Hirakawaさんの作品です。