企業の税務 corporate-tax

企業の税務
2021.03.17

税制改正動向解説 M&Aによる企業統合を推進する国と税制改正

税制改正動向解説 M&Aによる企業統合を推進する国と税制改正

はじめに

現政権の目玉政策の1つに『中小企業の生産性向上』があるといわれます。その具体的な目標は、労働生産性の向上のために中小企業の規模を拡大するところに置かれているようです。今回は令和3年度税制改正で見込まれている企業規模拡大を促進する趣旨の税制をご紹介しますが、その前に、そのような制度が設けられる背景を見てみましょう。

中小企業政策の方向性

元々、現政権は中小企業の統廃合に注力するのだという評判はありました。2021年1月、中小企業庁が公表した中小企業政策審議会基本問題小委員会の制度設計ワーキンググループによる中間報告書(注1)の存在は、そのことの1つの裏付けだといえるでしょう。この報告書は「製造業や情報通信業では従業員規模が大きいほど労働生産性も高くなっている」・「小売業や飲食サービス業では従業員規模が大きくなっても労働生産性は変わらない」という現状認識を示した上で、中小企業を

(1) 「地域コミュニティ型(地域の課題解決と暮らしの実需に応えるサービスを提供)」
(2) 「地域資源型(地域資源等を活用、良いモノ・サービスを高く提供し、付加価値向上を実現)」
(3) 「サプライチェーン型(独自技術を用いて、サプライチェーンの中で活躍し、生産性向上を実現)」
(4) 「グローバル型(グローバル展開などにより、中堅企業に成長、高い生産性を実現)」

の4つの類型に分類して、(3)・(4)の企業群について「中堅企業への成長を通じて海外で競争できる企業を増やす」ための支援を行うべきという方向性を示しています。

極めて単純にいえば、主に製造業について企業規模を拡大させて労働生産性を向上させ、もって競争力を強化する、というのが今後の国の政策の方向性ではないかと思われるのです。

もっとも、全ての中小企業がみんな仲良く成長して規模を拡大することなど不可能なのは自明なのですから、今後推進される政策の実相とは、中小企業の統廃合を進めて競争力のある中堅企業を作り出す、その過程で負け組を市場から退場させるという一種の苛烈さを伴ったものであると見ておくべきでしょう。

企業の規模拡大を後押しする令和3年度税制改正

このような国の大方針が令和3年度税制改正にも表れています。自由民主党税制調査会の甘利明会長が以下の如く明言するとおりです。

「日本の潜在的・歴史的課題とは何かといえば、まず一つは中小企業の生産性―中小企業の大半が赤字で、そのような状況でなぜ存続し得るのかという議論もありますが―を上げていくことにどう踏み込むかということが挙げられます。生産性を上げるには、スケールメリットを追求することが考えられますが、そのためにはM&A税制を充実させる必要があります。」(注2)

具体的には、企業の規模拡大のためのM&Aを促進するべく2つの制度が用意されました。その内容を簡単に見てみましょう。

新制度1 株式対価M&A促進税制

令和元年の改正会社法により、自社株を対価としたM&Aの制度である「株式交付制度」が創設され、企業再編の一類型として位置づけられました。本制度は買収側企業の資金的負担を大幅に減少させることが期待される制度ですが、しかし、かねてから税制がこの制度の利用の妨げになっているという指摘がありました。本制度により被買収企業の株主が株式を売った際に株式の譲渡益に所得税や法人税が課されていたところ、譲渡対価を現金で受け取っているわけではないために納税資金に困るという問題があったのです。

今回の税制改正はこの問題を解消するものです。今後、法人が株式交付制度によりその有する株式を譲渡し、株式交付親会社の株式の交付を受けた場合、その譲渡した株式の譲渡損益を繰り延べることになりました。この繰り延べた譲渡損益は、株式交付親会社の株式を譲渡するタイミングで計上されることになります。

株式交付制度が利用されるためには買収側企業の株に流動性が確保されている必要がありますので、本制度は主に上場企業が行う買収の買収先企業の株主に適用されることになると予想されます。その意味では、中小企業の再編促進に関しては、本制度よりも次に述べる制度の方が重要であると思われます。

新制度2 中小企業経営資源集約化税制

中小企業が企業買収を行う際に投資額の大部分の損金算入を認める制度が導入されます。具体的には、青色申告を行う中小企業者で中小企業等経営強化法における経営力向上計画の認定(令和6年3月31日までの認定に限る。)を受けた者が、その計画に従って他の法人の株式(取得価額10億円まで)を購入し、取得価額の70%以下の金額を準備金として積み立てた場合、その積み立てた金額の損金算入が認められることになります。この準備金は5年経過後から5年かけて均等に取り崩して益金算入することとされます。

この税制は時限かつ一種の課税の繰延措置である点に注意を要します。既に本税制の課税の繰延効果による節税の観点から企業買収を勧める言説を目の当たりにしているところですが、課税の繰延効果と企業買収により背負い込むことになるリスクはきちんと比較衡量したいところです。

さいごに

最初に述べたとおり、国はM&A促進による中小企業の統合による強靭化を企図しており、そのことを税の側面で担保する制度が用意されたことから、今後、中小企業のM&Aが増加することが予想されます。私ども税理士法人峯岸秀幸会計事務所では、企業買収したい経営者・売却したい経営者双方を支援するサービスを準備しており、順次ご案内させていただく予定です。ご不明の点は何なりとお問い合わせください。

(公認会計士・税理士 峯岸 秀幸)

[脚注]

(注1)中小企業庁 中小企業政策審議会 基本問題小委員会 制度設計ワーキンググループ「中間報告書」(2021年1月)(2021年3月17日最終確認)参照。

(注2) 「インタビュー 令和3年度税制改正の全体像とその背景 ~世界一、イノベーティブな国へ」税理第64巻第3号13頁。

 ***本記事のタイトルで使用している写真はAya Hirakawaさんの作品です。