税・会計よもやま話 tax-accounting

税・会計よもやま話
2021.03.17

経理財務責任者に簿記検定は必要か?~簿記と会計の違い

経理財務責任者に簿記検定は必要か?~簿記と会計の違い

以前、絶賛成長中のある企業の経営者がこんな不満を述べておられました。曰く、「数年前に経理財務の責任者として日商簿記1級を所持している人を採用したが、決算数値について質問してもまったく納得いく答えが返ってこなかった」とのこと。

どうやらその経営者の方は、簿記1級というすごい(?)資格を持っている人だから、決算を閉めることはもちろん、自社の財務内容を分析して改善点を提案してくれたり、プロジェクトの利益管理をして業績を向上させてくれたりする、という大きな期待を寄せていたようです。

しかし、一応会計のプロである私に言わせると、この経営者の方は大きな誤解をされておられたと思います。簿記論と会計学が同じものであるという誤解です。思うに、この経理財務の責任者の方は、簿記は分かっても会計が分かる方ではなかったのでしょう。

簿記論と会計学はどう違うのでしょうか。手許の教科書にはこんな解説がされています。

「企業会計のうち、対象企業が関わる取引・事象の分類・集計という技術的側面(記録行為)を対象にした学問領域が簿記論(book-keeping)であり、この記録行為の指針となる基礎概念、規範の体系を探求するのが会計学(accounting)である。」(醍醐聰『会計学講義[第4版]』東京大学出版会(2011年)11頁)

かなり粗目に噛み砕きますとこういうことです。会計学は「決算書に何が書いてあるべきか」、簿記論は「決算書の作成作業」を扱う領域である。家を建てることに例えれば、会計学で勉強するのは「家の機能や設計」、簿記論で勉強するのは「家を建てる工事」なのだと思います。簿記に習熟することとは工法に習熟することに過ぎず、工法にいくら習熟しても「その工事がされることの意味」が分かるようにはならないという訳です。

例えば、簿記を勉強する過程では「棚卸資産を買ったら左側(借方)に記帳する」ということを勉強します。しかし「棚卸資産とは何であるか」を勉強したりはしません。決算上、棚卸資産が増加傾向にあるという事実の背景に目を向け、その問題点や改善策を探るためには、そもそも「棚卸資産とは何であるか」ということが理解できていないといけません。

このように申し上げると、日商簿記1級の所持を経理財務責任者の採用のメルクマールにしてもあまり意味がないことがお分かりいただけるのではないかと思います。経理財務責任者は技術的なことに通じていなければならない以上に、会社の決算数値が持つ意味自体に通暁していなければならないはずです。もし私がその経営者の立場で採用活動をすることがあれば、簿記1級という資格の有無以上に、会計に対する深い理解があるかどうか、そのような理解を可能足らしめたるだけの業務経歴があるかどうかに着目するでしょう。

同じような理由で、「決算書が読めるようになりたい」「数字に強くなりたい」というときに簿記の勉強や会計制度の勉強から始めるのは非常に迂遠なやり方だと私は思います。もしそういうご希望があるけれど一から会計を勉強する時間はないという方には、例えば以下のような本をお勧めします。

林總「餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?」PHP文庫(2011年)

会計という学問領域が経営にどう関わっているかをお感じいただける内容なのではないかと思います。

(公認会計士・税理士 峯岸 秀幸)

 ***本記事のタイトルで使用している写真はAya Hirakawaさんの作品です。