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2021.07.07

ワクチンの職域接種に係る費用の課税上の取扱いが明らかに~その理由付けへの疑問と若干の考察

ワクチンの職域接種に係る費用の課税上の取扱いが明らかに~その理由付けへの疑問と若干の考察

はじめに

2021年7月2日、国税庁は「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ」(注1。以下、単に「FAQ」といいます。)を更新し、企業が負担した従業員等のワクチン接種関連費用の課税上の取扱いを明らかにしました。既報の企業がPCR検査費用を負担した場合の課税上の取扱いに続く見解の公表となります。

その内容はおおよそ、その費用については企業の側にも従業員等の側にも課税しないとするものであり、我々納税者の素朴な感情と相違しない点で安心できるものでしたが、国税庁がしているその理由付けにはどうやら学ぶべき点がありそうです。そのような観点も含めて、今回公表された国税庁の見解を確認してみたいと思います。

ワクチンの職域接種に係る会場準備費用の負担を求めない場合の取扱い(FAQ問3-2)

企業が職域接種を実施するにあたっては、地方公共団体からワクチン接種事業の委託料を受領することになるものの、一方で、接種会場の使用料、設営費用や備品のリース費用、医師等の派遣を受けるための費用(以下、これらを総称して「会場準備費用」といいます。)を負担することになります。ここで、職域接種の対象者には自社の役職員のみならず、その親族や関係会社の役職員、取引先、地域住民等を加えることができますが、仮に、受領する委託料よりも会場準備費用が上回った場合、それを関係会社、取引先や地域住民に求償しないと、その上回った差額が法人税法上の交際費の額や寄附金の額に該当してしまうのか否かが実務上の問題でした。

この点、それは交際費の額や寄附金の額に該当しない旨の見解が示されました。理由としては、ワクチン接種事業はそもそも自社の新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止することを通じて今後の業務上の支障が生じることを予防する目的で行うものであり、その目的はワクチン接種の対象者が自社役職員ではない場合にも当てはまる、ということが挙げられています。

職域接種によりワクチン接種を受けた者の所得税の課税関係(FAQ問9-6・9-7・9-8)

他方、上にいう会場準備費用を企業に負担してもらったうえでワクチン接種を受けたその企業、その関係会社や取引先の役職員、そして地域住民の側には所得税が課されるのではないかという疑問も当然湧くところでした。

国税庁はこの点についても否定し、所得税は課されない旨の見解を示しました。その理由としては、ワクチン接種はそもそも予防接種法に基づき市町村において無償で実施されるべきものであり、それは企業が市町村の委託を受けて実施する職域接種でも同様である以上、そもそも費用負担が想定されていない被接種者には所得が生じない、というものです。

なお、職域接種会場に行くための交通費を企業が負担した場合も役職員に給与課税がされない、企業がその業務上必要なデジタルワクチン接種証明書の発行費用を負担したとしても役職員に給与課税がされない、という見解も示されています。

FAQが示した理由付けへの疑問と若干の考察

以上のとおり、今回、国税庁はFAQにおいて①企業が負担した職域接種の会場準備費用を取引先等に求償しなくても交際費課税・寄附金課税は生じない、②職域接種を受けた役職員等の側に所得税課税は生じない、という結論を示しました。これらの結論自体は当然適切であると考えます。

そもそも、国は「地域の負担を軽減し、接種の加速化を図るため」ということを職域接種の目的に掲げているのであり(注2)、その国家事業に進んで協力した企業に課税が生じるという結論はいかにも不合理です。また、今回、職域接種でワクチン接種が可能な機会を得た者は地元自治体での接種と職域接種の双方を選択可能になるわけですが、前者を選ぶと税負担がなく、後者を選ぶと所得税の負担があるというのでは、後者を選ぶ人が減り先に述べた職域接種の目的が達せられないでしょう。

ですから結論自体にケチをつけるつもりは毛頭ないのですが、その結論を正当化するために示された理由付けの方は我々実務家の思考訓練の材料になりそうです。そのことについて備忘を兼ねて若干の私見を述べておきたいと思います(何らかの結論を示したものではありませんがご笑覧いただければ幸いです)。

「会場準備費用の負担は企業が自社の業務上の支障を予防するためにするのだ」という理由付けをどう評価すべきか

先に述べた職域接種の目的からすると、企業が受領する委託料を超えてする職域接種の費用負担は、いわば本来行政が負担すべき費用の肩代わりではないかと思われます。その意味で、大雑把な話として、企業が会場準備費用の負担により利益を供与した真の相手は自社役職員や取引先等ではなくて行政である、ゆえに、そこには企業への交際費課税も寄附金課税も、あるいは被接種者の所得税課税も生じないのである、といわれれば私個人は腑に落ちるものがあります。このような考え方は、例えば自社製品等の被災者に対する提供を交際費としないことの理由を人道的見地や社会的要請に求める従来の考え方とも整合的であるように思われます(注3)。

しかし、国税庁は今回、職域接種の会場準備費用を自社役職員以外の被接種者に求償しなくとも交際費課税や寄附金課税の対象とならない理由は、自社役職員以外への接種費用までを含めて、あくまで自社内での感染拡大を防止することで将来の業務上の支障が発生することを予防するための費用であること、すなわち「自社の業務遂行に必要な費用負担であること」であるといっています。

この理由付けに対しては、

・そもそも地域住民にワクチンを接種することが自社の業務上の支障の発生を予防することに繋がるのか、繋がるとしても、業務上の支障を予防することという目的に対して、会社の近所の人の感染が減ることを通じた業務上の支障の予防効果が薄い(あるいはほとんど関係がない)場合もありそうであるが、そうであっても会場準備費用のうち地域住民の接種に要した部分も全て「自社の業務遂行に必要」であるといえ、費用負担を求めないことは接待等や寄附に当たらないのか。

・関係会社や取引先の役職員にワクチン接種することが自社の業務上の支障の発生を予防するのに効果的である場合があることは首肯しうるとしても、ワクチン接種による利益は関係会社や取引先の業務にも及ぶことに変わりがないのであり、それにもかかわらず費用負担を求めないことは接待等や寄附に当たらないのか。あるいは、会場準備費用のうち自社の業務と直接関わりのない関係会社等の役職員のワクチン接種に要した部分も全て「自社の業務遂行に必要」であるといえ、費用負担を求めないことは接待等や寄附に当たらないのか。

いった疑問が生じます。しかし、今回、国税庁はそのような疑問は無用であるというような見解を示しました。そのことが我々の実務にどう活かせるのかということをこれから考えてみたいと思っています。

繰り返しになりますが、私は職域接種に広く様々な人が参加でき、そのことでワクチン接種が早期に進むこと自体に異議を唱えているわけでも、職域接種に係る費用への課税を主張しているわけでもありません。職域接種の会場準備費用に課税しないという結論は完全に妥当であると考えています。但し、いうまでもなく、ある費用の交際費や寄附金への該当性は税務調査においてよく問題になる論点の1つであり、これまで積み上げられてきた裁判例や学術的な議論と今回のFAQで示された見解との整合性は、一度よく考えてみたいテーマであると感じた次第です。その結果を今後の皆様へのアドバイスに反映していきたいと考えています。

税理士法人峯岸パートナーズ新宿オフィスでは、企業の福利厚生制度に関する税務面からのアドバイスや従業員の給与課税や福利厚生行事の交際費課税といった論点に関する税務調査対応を積極的に行っております。是非ご相談ください。

(公認会計士・税理士 峯岸 秀幸)

(注1)国税庁「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ」(令和3年7月2日更新)(2021年7月6日最終確認)
(注2)厚生労働省「職域接種説明資料」(2021年7月6日最終確認)
(注3)租税特別措置法通達61の4(1)-10の4に関して解説した大澤幸宏編著『法人税関係 措置法通達逐条解説 [平成26年3月1日現在]版』(2015年、財経詳報社)382頁~383頁参照。

 ***本記事のタイトルで使用している写真はAya Hirakawaさんの作品です。