企業の税務 corporate-tax
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- 2022.03.31
インボイス制度開始後の消費税の会計処理に関する覚書
はじめに
消費税の会計処理には税抜方式と税込方式がある、ということは、簿記に多少の心得がある人ならご存知でしょう。本稿で論じたいのはそんな大それたことではなく、免税事業者からの課税仕入れに係る会計処理についてです。
インボイス制度が開始する来年10月1日以降、適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れについては、原則として仕入税額控除の適用を受けることができなくなります(但し経過措置あり。注1)。適格請求書発行事業者には課税事業者以外になることができませんので、要するに、免税事業者からの課税仕入れに係る消費税相当額については、仕入する側はその消費税の計算から控除できなくなるということになります。
この控除できなくなる消費税相当額をどのように会計処理すべきか、ということは、考えてみると案外と奥深い問題でした。今回はこの問題について、現時点で入手可能な情報に基づいて整理しておきたいと思います。
企業会計上の基本的な考え方
そもそも、企業会計上の消費税の会計処理について示されたものは、平成元年1月18日に日本公認会計士協会・消費税の会計処理に関するプロジェクトチームが公表した「消費税の会計処理について(中間報告)」がほとんど唯一であるようです(注2)。
本中間報告では、消費税の最終負担者でない企業にとっては、仕入れ等に係る消費税は「一種の仮払金ないし売上等に係る消費税から控除される一種の通貨支出」であることから消費税の会計処理が損益計算に影響を及ぼさない会計処理である税抜方式を採用することが適当である、とされたうえで、税込方式を採用できるのは、「非課税取引が主要な部分を占める企業等当該企業が消費税の負担者となると認められる場合」等に限られるとされています。
本中間報告がこのような結論に達した背景はその解説(注3)でもう少し詳しく述べられており、消費税が損益計算に及ぼす影響の観点から、「消費税は最終消費者でない企業にとっては、通過していくだけの税金であり、もともと企業の損益計算には影響を及ぼさないものである」ところ、税抜方式によれば消費税が損益計算に影響を及ぼすことがないものの、税込方式では納付する(還付される)消費税が租税公課(雑収入)に計上されることとなり、各課税期間の消費税の多寡によって「本来企業の業績と関係のない消費税が企業の損益に影響を与えることになり、損益計算書等がその経営成績を的確に反映しないことになる」(注4)と述べられ、税抜方式の優位性が示されています。
以上のように、企業会計上は、消費税の導入当初から原則として税抜方式によるべきとする考え方が示され、それが実務に定着して今日に至っているといえるでしょう。
免税事業者との取引はどう取り扱われるべきか?
さて、以上のとおり、本中間報告が税抜方式を支持する大きな理由は、消費税の最終負担者でない企業にとって、仕入から生じる消費税は売上に係る消費税から控除されることになる一種の通貨支出であって、損益に影響させるべきではないものであることでした。
このような理由からすれば、インボイス制度の開始後における適格請求書発行事業者以外の者(=ほとんどの場合に免税事業者)からの仕入に係る消費税については、取引総額から本体価格と消費税相当額を分離して仮払消費税等を計上する会計処理である税抜方式は支持されないことになるでしょう。これはいうまでもなく、このような仕入に係る消費税相当額の最終負担者はその企業であり、当然、その損益に影響させるべきだからです。
そして、従来は仮払消費税等としていた消費税相当額部分の表示科目をどう考えるべきかといえば、ありもしない通過支出を擬制することは理論的には認めがたく、従来の本体価格部分と同じ科目(仕入に係るものであれば、例えば商品仕入等)に表示するべきであると考えるべきでしょう。もっとも、事務処理上の便宜等から重要性の原則の適用により雑費や租税公課、雑損失等の科目に表示することは認められる余地があると考えられます。
また、インボイス制度の開始後、当座の間は前述の経過措置の適用を受けることができますが、その部分の最終負担者はその企業ではありませんから、経過措置を適用する限りで仮払消費税等を計上するべきことになるでしょう。
法人税法上、仮払消費税等は生じない
以上が企業会計上の取扱いに関する私見ですが、法人税法上の取扱いも確認しておきましょう。結論として、法人税法上は、インボイス制度の開始後における適格請求書発行事業者以外の者からの仕入に係る消費税については、仮払消費税等の額がないことになります(注5)。したがって、仮に、適格請求書発行事業者以外の者からの仕入について本体価格相当額と消費税相当額を区分して後者を仮払消費税等として経理していたとしても、法人税法上は、その仮払消費税等も含めて取引の対価の額に算入して課税所得の計算を行うことになります。
例えば、インボイス制度開始後、免税事業者から建物を1,100万円で取得した場合、仮に会計上は建物1,000万円・仮払消費税等100万円を計上していたとしても、税務上の減価償却限度額の計算は取得価額1,100万円を前提にして行うことになる、ということです。
仮払消費税等を計上すると税務調整が必要に
しかし、実際のところ、中小企業を中心にインボイス制度の開始後も適格請求書発行事業者以外の者からの仕入について会計上は仮払消費税等を計上してしまう実務が横行することも懸念されるところですが、このような会計処理が税務上惹起する問題について、国税庁が令和3年2月に公表した「令和3年改正消費税経理通達関係Q&A」(注6)に述べられています。
その大要を述べておくと、前述のとおり、法人税法上は、会計上、適格請求書発行事業者以外の者からの仕入について仮払消費税等を計上していたとしても、それも含めて取引の対価の額に算入して所得計算を行うことになります。したがって、例えば、期中に計上したその仮払消費税等を、期末に消費税差額や控除対象外消費税等と一括して雑損失に計上するなどしていた場合、そのうち減価償却資産や棚卸資産の取得価額に算入される金額については別表4で加算調整をする必要が生じるということが本Q&Aで注意喚起されています。本Q&Aで直接述べられているわけではありませんが、この点は交際費の損金不算入額の調整に当たっても注意すべきでしょう。
このことの煩雑さを思うと、適格請求書発行事業者以外の者からの仕入については、会計上、そもそも仮払消費税等を計上しないでおくのが税務上も賢明であるといえそうです。
一応の結論~免税事業者との取引をどう会計処理すべきか
以上を総括すると、企業会計上も、また税務上も、インボイス制度の開始後において適格請求書発行事業者でない者からの仕入について仮払消費税等を計上する会計処理は、支持されそうにありません。インボイス制度の開始は、免税事業者との取引について取引価格の見直しに繋がるなどの実務上の影響が既に指摘されていますが(当法人ブログ記事を参照)、どうやら会計処理にも少なからぬ影響を与えることになりそうです。
本問題については、今後、制度開始までに実務上の取扱いが固まっていく可能性がありますので、状況を注視し、続報があればお届けしたいと考えています。
税理士法人峯岸秀幸会計事務所では、会計と税務にまたがる諸問題について専門知識を駆使したコンサルティングを提供しています。お悩み事は是非お気軽にご相談ください。
(公認会計士・税理士 峯岸 秀幸)
(注1)インボイス制度の導入から一定期間(以下)は、適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れであっても、仕入税額相当額の一定割合(以下)を仕入税額とみなして控除できる経過措置が設けられています。
・令和5年10月1日から令和8年9月30日まで 80%
・令和8年10月1日から令和11年9月30日まで 50%
(注2)本中間報告について日本公認会計士協会のウェブサイト(令和4年3月31日最終確認)を参照。なお、企業会計基準第27号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準委員会、平成29年3月16日。企業会計基準委員会ウェブサイト[令和4年3月31日最終確認]を参照)26項では、本中間報告に従って税抜方式が実務に浸透していることが消費税に関する会計処理を本会計基準で示さない理由の1つであると述べられています。
(注3)本解説について日本公認会計士協会のウェブサイト(令和4年3月31日最終確認)を参照。
(注4)これは、売上と仕入が税込方式で会計処理される結果、消費税の納税額分だけ売上総利益が大きくなる一方、その納税額が租税公課(販管費)に計上されて営業利益に影響することで、段階損益の入り繰りを起こしてしまうという問題を指摘している記述であると考えられます。
(注5)法人税法上は、仕入税額控除の適用を受ける課税仕入れ等の消費税額と地方消費税額に相当する金額の合計額が仮払消費税等の額とされているためです。法人税法施行令139条の4第5項第6項、法人税法施行規則28条第2項参照。
(注6)本Q&Aについて国税庁ウェブサイト(令和4年3月31日最終確認)を参照。
***本記事のタイトルで使用している写真はAya Hirakawaさんの作品です。