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税務調査
2021.08.05

税務調査のデジタル化の行方を海外事例から考える

税務調査のデジタル化の行方を海外事例から考える

はじめに~LINEのやり取りが課税処分の根拠になった!

先日、課税当局がLINEのやりとりから既に退任した役員の経営従事が継続している事実を認定して退職金の損金算入を否認した事例がある、という記事を目にしました(注)。そのLINEでのやり取りを課税当局がどうやって入手したのか気になるところですが、もしLINE、TwitterやFacebookなどでのプライベートなやり取りを課税当局が監視している未来がやってきたら、と思うとゾッとする方もおられるのではないでしょうか。

実はそんな未来は遠い話ではないのかもしれません。社会に押し寄せるデジタル化の波は今や税務行政の姿をも大きく変えようとしています。今回は、税については隠しごとや嘘が通用しない世界がもう間もなくやってくるだろうという注意喚起の意味を込めて、着々と進んでいる税務行政のデジタル化を税務調査の側面から眺めてみたいと思います。

示された日本の税務行政のデジタル化方針

大法人の電子申告の完全義務化などからも看取できるとおり、最近、国は税務行政のデジタル化に熱心に取り組んでいます。その方向性について、国税庁は2021年6月、「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション-税務行政の将来像2.0-」と題する文書を公表して明らかにしています。

そこでは「あらゆる税務手続が税務署に行かずにできる社会を目指す」など、納税者として歓迎すべきことも載っていますが、一方で課税の場面に関しては以下のようなことが述べられており、大雑把にいえば、これまで色々なところに散逸していた情報を電子的に収集一元化し、課税に活用するという方針が述べられていると理解できます。

「将来的なAIの活用も見据え、幅広いデータの分析により、申告漏れの可能性が高い納税者の判定や、滞納者の状況に応じた対応の判別を行うなど、課税・徴収の効率化・高度化に取り組んでいます。」

「申告内容や調査事績、資料等の情報のほか、民間情報機関や外国政府から入手する情報など、膨大な情報リソースを、BAツール等を用いて加工・分析を行い、有機的なつながりやデータ間の関連性を把握することにより、高リスク対象を抽出。」

「官民の業務の効率化を図る観点から、これまで書面や対面により行っていた①金融機関への預貯金照会や②税務調査における必要な資料の提出について、オンライン化を図ります。」

以上のような記載だけでは将来の具体像をどのように想定すればいいのか判然としませんが、実は、このような動きは海外で既に顕著になっており日本はこれを追いかけているに過ぎません。実際の海外事例を見て、将来の日本の税務行政の姿を想像してみましょう。

海外事例①電子インボイス等による情報の大規模な収集

日本でも電子インボイス導入の流れが加速していることは以前に述べたとおりです。その目的は「ビジネスプロセス全体のデジタル化によって負担軽減を図る」ことであるとされているものの、海外では電子インボイスの導入が課税当局による中央集権的な情報収集を可能にしていることからすると、日本でもそのような活用が進む可能性が大いにあります。

例えばイタリアでは、公的業務委託部門のみならず民間ビジネス全般について、2019年から国内で設立された法人・居住者の間で行われる取引には電子インボイスが義務化されており、その情報は当局が管理する交換システム(SDI)で送信されなければならないことになっているそうです。メキシコでも同様に電子インボイスが義務付けられ、そのデータには全て課税当局が提供する電子署名を付することとされており、送受信データの全てが課税当局に保存蓄積されているとのこと。また、中国では、インボイスは電子・紙を問わず、金税工程三期と呼ばれる課税当局提供のシステムからしか発行ができないようにされてるとのことです。なお、この金税工程三期は国・地方の課税当局のシステムに接続されており、インボイスの発行のほか税務申告もこのシステムを利用してしなければなりません。

海外事例②データ解析による調査先の選定

そうやって課税当局により義務的に収集されたデータは、当然、そのほかの方法で収集したSNS上などの情報と合わせて加工・分析され、税務調査などに活用されることになります。SNS上の情報がきっかけになり脱税犯が摘発された事例としては以前ご紹介したアメリカでの事件が有名である他、例えばフランスでは、課税当局内にデータマイニングによる税務調査先選定の専門部隊が創設された結果、2019年においては追徴税額等が対前年比+142%(+3億2,400万ユーロ)の大幅伸長となったそう。また中国では、前述の金税工程三期が課税当局の案件選別システムと接続しており、AIによってリスクの高い業界・企業が税務調査先として自動選別されているようです。

海外事例③相手を特定しない情報収集

また、近年、シェアリング・エコノミーの発達により個人の収入獲得手段が多様化・細分化したことで、申告漏れが疑われる個人を特定してから各所に情報提供を依頼するという手法に限界が見えてきています。そのことに対処するため、各国の課税当局が相手先を特定しない情報収集権限の強化に本腰を入れている現状も注目されます。アメリカでは以前からある匿名行政召喚状(ジョン・ドゥ・サモンズ。ジョン・ドゥとは日本でいう「名無しの権兵衛」)のシェアリング・エコノミーへの活用が図られているようですし、イギリス・フィンランド・フランス・ドイツでも課税当局によるプラットフォーム企業等への不特定の納税者についての情報提供要請が法制化されてるとのことです。これは、納税者が知らないところで、例えばUberのようなプラットフォーム企業から自身を含む多くの利用者の取引情報が課税当局に提供され得ることを意味します。

おわりに~税務行政のデジタル化と我々のプライバシー

以上のような海外事例を見ると、日本における「税務行政のデジタル化」の一側面として、課税当局により納税者のあらゆる情報が広範囲で強権的に収集され、それに基づいた税務調査が行われる可能性を、我々は想定しておく必要がありそうです。これは一面において、今までしばしばバレることなくやり過ごせてきたかもしれない『何かを隠して税金を免れる手法』が通用しなくなることを意味します。例えば今後、法人が当事者になる取引について全面的に電子インボイスが強制され、その情報を課税当局が収集できることになったとすると、取引先をでっち上げて架空外注費を計上するだとか、取引先から個人口座にキックバックを入金させて課税を免れるといったような脱税手法は完全に封じられることになります。

そうなれば真面目な納税者が泣きを見ないようになるのですから、課税当局に広範な情報収集権限を与えることには大筋において賛成すべきなのかもしれません。しかし一方で、我々は、自身のプライベートな情報が知らず知らずのうちに課税当局に収集され、AIによって分析加工され、その結果として何らかの評価(「コイツは正直に税金を納めそうな奴だ」「コイツは税金を誤魔化しそうな奴だ」)が下されたうえ、妥当かどうか検証しようのない評価に基づいた不当な取扱いを受けてしまう危険に晒されることになります。そういう危険に我々納税者が対抗し得る権利(例えば課税当局による情報収集・分析プロセスの第三者による検証制度や課税当局が下した評価に対する是正請求権等)もまた認められて然るべきです。このような我々のプライバシー保護にまつわる問題について既に数多くの研究者・実務家が問題提起を始めていますが、行政府や立法府がどこまで真摯な対応を見せるのか、是非ご注目ください。

(公認会計士・税理士 峯岸 秀幸)

(注)日税ジャーナル第41号3頁参照。令和2年12月15日の裁決事例とのことであり、該当の裁決事例とおぼしきものは国税不服審判所ウェブサイトに公開されていますが(2021年8月3日最終確認)、本記事公開日時点で未確認です。なお、国税不服審判所はLINEのやり取り等からは経営従事の事実が十分認定できない等として課税処分を取り消したようです。

[参考文献]
石村耕治「第1回 AI税務と税務専門職の将来像を展望する~税務のスマート化とタックスプライバシー」税務事例51巻3号(2019年)73頁
石村耕治「第2回 AI税務と税務専門職の将来像を展望する~税務のスマート化とタックスプライバシー」税務事例51巻4号(2019年)40頁
石村耕治「第3回 AI税務と税務専門職の将来像を展望する~税務のスマート化とタックスプライバシー」税務事例51巻5号(2019年)44頁
石村耕治「第4回 AI税務と税務専門職の将来像を展望する~税務のスマート化とタックスプライバシー」税務事例51巻6号(2019年)50頁
石村耕治「第5回 AI税務と税務専門職の将来像を展望する~税務のスマート化とタックスプライバシー」税務事例51巻7号(2019年)75頁
石村耕治「第6回 AI税務と税務専門職の将来像を展望する~税務のスマート化とタックスプライバシー」税務事例51巻8号(2019年)60頁
石村耕治「第7回・最終回 AI税務と税務専門職の将来像を展望する~税務のスマート化とタックスプライバシー」税務事例51巻9号(2019年)50頁
酒井克彦編著『スマート税務行政でこう変わる!!キャッチアップ デジタル情報社会の税務』(ぎょうせい、2020年)
下岡郁「中国の申告システムと税務調査の最新動向~金税三期と納税信用制度の仕組みについて~」国際税務39号(2019年)76頁
望月爾「デジタル化・グローバル化と納税者権利保護―税務行政のデジタル化の進展とその影響を中心に―」日本租税理論学会編『租税理論研究叢書30租税上の先端課題への挑戦』(財経詳報社、2020年)129頁

  **本記事のタイトルで使用している写真はAya Hirakawaさんの作品です。